日本語は生きている(2/2) ~エネルギッシュに変わり続ける言葉~ 工学部 堀尾佳以 講師

2024年1月31日

今回も若者言葉を紐解いていきましょう

「若者言葉」と聞くと、皆さんはどんなイメージを連想しますか。
  面白い/チャラい/ふざけている/間違った日本語・・・

何が正解か、と言われると答えはありません。ご自身の感じるままに捉えて頂ければ良いと思います。
慶應義塾大学の堀田隆一先生のブログ(hellog~英語史ブログ)によると、若者言葉や新語・流行語をどう受け止めるのかは、年齢によって異なることが指摘されています。

 「歳とともに言葉遣いは変わる」ことがある。例えば、世の中で通時的に起こっている言語変化とは直接には関係せずに、歳とともに使用語彙が変化するということは、みな経験があるだろう。幼児期には幼児期に特有の話し方が、修学期には修学期を特徴づける言葉遣いが、社会人になれば社会人らしい表現が、中高年になれば中高年にふさわしいものの言い方がある。個人は、歳とともにその年代にふさわしい言葉遣いを身につけてゆく。

引用:"hellog~英語史ブログ".堀田隆一.http://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/2014-06-30-1.html,(参照2024/1/30).



「やばい!」 あなたはどんな時に使っていますか?

若者言葉は若者が生み出し、使用することで拡散していきますが、時代によって使われ方や意味はどんどん変わっていきます。「やばい」や「バカうまい」の「バカ」など、最初は悪い意味(ネガティブ)で使われていたものが、良い意味(ポジティブ)に変化した例が沢山あります。

やばい  バカうまい  エグい  ぼっち  鬼カワイイ  ゲロまぶ

では、代表的な「やばい」について見てみましょう。
「やばい」の語源にはいくつか説がありますが、ここでは2つご紹介します。
一つは、江戸時代には「やばなことをしでかす」のように形容動詞として使用されていたという説です。「厄場(やくば、やば)」は牢屋、看守のことを表す隠語であり、形容詞化して「厄場(やば)い」となったという説です。

もう一つは、「矢場」が形容詞化した説です。「矢場」は矢を的に当てる室内遊戯場のことで、その裏で行われている売春の取り締まりが多く、官憲(=役人、特に警察関係)に追われた時の隠語として、形容詞化した「矢場(やば)い」が使われることが多かったそうです。
諸説あるとはいえ、ネガティブな語彙であったことには変わりありません。

では若者はどのように使用しているのでしょうか。

(イベントで発売されるT シャツを見て)「やばいめっちゃかわいい全部欲しい!」
(アイスクリームの新作の感想で)「馬鹿美味い。これはやばい。」

出展:「やばい」の現状とコミュニケーション~私たちは「やばい」をどう使うべきなのか~.熊谷愛未.2018 .


この「やばい」はポジティブな意味で使われていることが分かると思います。


「ぼっち」も使い方に変化があった

次に、「ぼっち」を見ていきましょう。
「悪い意味(ネガティブ)で使われていた言葉が、良い意味(ポジティブ)に変化した例」=「ぼっち」 と聞いて、ピンとこない方もいらっしゃるでしょう。

実は、「ぼっち」も使用開始当初と現在ではニュアンスが異なっています。SNS上での使用の広がりとその変遷について分析をしてみました。「ぼっち」は2007年頃から使われ始め、2010年頃に使用が広がりました。その頃は「友達がいない、孤独」というネガティブな意味で使われていました。


出展:X(旧Twitter)



また、「ぼっち」から派生した「クリぼっち(=クリスマスを一人で過ごすこと)」や「ぼっち飯(=ひとりで食べるご飯)」という言葉も生まれました。
2023年のクリスマス前は、「クリぼっち」に関するつぶやきが多数ありました。ネット上には、「クリぼっち耐性度診断」というものまで現れ、この「クリぼっち耐性度診断」の結果を報告するつぶやきは299件にものぼりました。
クリぼっち耐性度を測るという行動からも、クリぼっちをネガティブなものとして捉えているというよりはむしろ、面白がっているように見えますね。この耐性度診断は【プロぼっち 一匹狼 ぼっちビギナー 寂しがり屋さん ぼっち恐怖症】の5段階に分けられていますが、この中でも「プロぼっち」はプロという言葉からもかなりポジティブに捉えていると言えるでしょう。「プロぼっち」「ぼっち恐怖症」どちらにしても、人を貶めたりネガティブに捉えている印象は受けず、むしろ「ぼっち」を自虐ネタとして面白がっているように見受けられます。
2023年現在の使用例を見てみると、ポジティブに「一人の時間を楽しむ」という使用例が増えているようです。


出展:X(旧Twitter)


ここに挙げたとおり、「ぼっち」と言いつつ「イェーイ」と言ってみたり、「ぼっち祭でデビューする」といった【暗い・孤独・寂しい】「ぼっち」からは程遠い言葉と一緒に使われています。明らかに初出の頃とは違った意味で使用されていると言えるでしょう。

人々の意識と行動に変化が

大変興味深いのは、博報堂生活総合研究所が公表した、首都圏25~39歳対象「ひとり意識・行動調査」(1993年2023年実施)の比較結果です。

「ひとり意識・行動調査 1993/2023」 結果発表

引用:"博報堂生活総合研究所 「ひとり意識・行動調査 1993/2023」 結果発表".博報堂生活総合研究所.https://www.hakuhodo.co.jp/news/newsrelease/106979/,(参照2024/1/30).



この調査によると、「『ひとり』を志向する生活者が大幅に増加し、その意識と行動に大きな変化が起きている」というのです。1993年は「みんな」派が56.2%だったのですが2023年になると「ひとり」派が56.3%を占めています。特に20代後半は39.3%から53.3%へと増加が顕著です。
以上のことからも、「ぼっち」は【暗い・孤独・寂しい】といったネガティブなものから【独立・自由】などのポジティブなイメージに変化したと考えられるでしょう。




若者言葉から見える若者の姿

ここまで読んでいただいたとおり、若者言葉は常に変化し、エネルギッシュさを感じます。そして高い拡散力も秘めています。言語の変化を感じとるなかで、とても生き生きとしているということを、お分かり頂けたのではないでしょうか。
「前髪の治安が悪い(=前髪に変な癖がついて決まらない)」「KY(=空気読めない)」といった、1度聞いただけでは理解できず「どういう意味?!」と聞いてみたくなる言葉たちが沢山生まれてきています。少し前では「テストが大変すぎてもう無理、死ぬ」と言っていたのを、今では「【心の声:死にそう、でも頑張って】 生きる」と言ってみたり。

これからも次々と、新しく面白い表現が生まれてくると思います。これは日本語が生きている証拠です。新しい表現にふれるたびに、「そんな表現するのね」と面白がって受け入れたり、「次はどんな言葉が出てくるのかな?」と予想してみたり。 "生きている日本語の変化"みなさんも一緒に楽しんでみませんか。




著者プロフィール 堀尾 佳以 講師

堀尾 佳以 (ほりお けい)
講師
工学部 留学生担当専任

博士(芸術工学)。専門は日本語学。北見工業大学国際交流センターを経て現職。著書に『若者言葉の研究 SNS時代の言語変化』(九州大学出版会)があり、若者言葉について各種メディアの取材対応も多数。

※記事の内容、著者プロフィール等は2024年1月当時のものです。