私の転換点 工学部 小池正史 准教授

2024年2月29日

言葉への意識から注意深い言語感覚へ
~精密な論理への礎として~


 私の人生最初の転換点は6歳のころ、親の仕事の都合で米国で暮らしたことでした。1年半ほどの短期滞在で記憶も朧ですが、その後の歩みに大きく影響したと感じています。
 すぐにお分かりと思いますが、外国に行くと最初に困るのは言葉です。現地の小学校に入り、苦労もありましたが、なんとか英語で学校生活を送っていました。同時に、家では日本語を使っており、日本語を忘れたとは感じませんでした。それでも小学2年生の4月に帰国してしばらくは、知っているはずのひらがなやカタカナを瞬時に書けず、もどかしく思ったことを覚えています。こうした経験のためか、はっきりした形をとらないながらも、言葉への漠たる意識がこころの中に芽生え、ひっそりと生き続けているように思います。
 その後、学業を進めていく中で、理論物理学を専攻し、本学では情報科学分野に所属しています。こうした専門性は、言葉そのものとは一見関係ないように思えます。ところが、数学の講義を担当する中で、実は関係があるのかもしれないな、と思うようになってきました。

 どういうことか、ご説明しましょう。物理学や数学を学び進めると、個別の知識に加えて系統的な理解が重要になります。たとえば、高校以前に知識として使ってきた公式を、大学に進むともっと根本的な考えから改めて導くことがよくあります。少数の基本的な法則や概念から、多くの事象を統一的に理解したいからです。この際、論理的に考えていくことが大切で、言葉を注意深く使う必要があります。たとえば「明日、晴れたら出かけよう」と言った場合、常識的には「雨が降ったら出かけない」と思うのではないでしょうか。でも、雨が降った場合については「何も言っていない」とするのが、物理学や数学の立場です。コンピュータのプログラミングもそうです。(もちろん、日常生活では別ですよ。「人生は数学ではない」のです。)

 精密な思考を紡ぎだすには、(日常語とはまた違った)注意深い言語感覚が大きな助けになります。私の場合、子どもの時に外国語に接することで、かえって自分の母国語に意識が向かいました。今もって影響があったかもしれないと思うのはこの点です。言葉はとても強力で、はっきりしない心のはたらきに形を与え、思考や論理を作ります。人の気持ちや感動も、言葉にのせれば場所も時間もこえて人に伝えられます。言葉へのアンテナの感度をあげることで、学問も人生も少し豊かになるのかも、と思っています。


小池正史 准教授



著者プロフィール

小池正史 (こいけ まさふみ)
准教授
工学部 基盤工学科

博士(理学)。専門分野は素粒子現象論、理論物理学。高エネルギー加速器研究機構 日本学術振興会特別研究員、米ヴァージニア工科大学博士研究員、埼玉大学博士研究員などを経て2013年より現職。本学着任後は数理物理学やAIの応用にも取り組んでいる。

※記事の内容、著者プロフィール等は2024年2月当時のものです。